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  • プチコンプレゼント第3回 当選者発表
    9月30日に応募締め切りました、「プチコンプレゼント 第3回の」のプレゼント当選結果を発表します。
    プチコンに参加した応募者の中から、厳正なる抽選で選ばれたのは、この3名の方です。
    詳細
  • プチコンプレゼント応募受付開始!【受付終了】
    9月30日24時をもって、プチコンプレゼントの応募受付を終了しました。
    ご応募をありがとうございます。
    7月1日の抽選結果発表までしばらくお待ち…詳細
植田草介さんのページ
 
お知らせ
 
 
 
 
プロフィール
 
ID : DGA0004278
登録日 2007/08/16 作品総購読数 47
興味のあるジャンル
How to生き方
その他飲食
文芸作品詩歌
性別:非公開 / 年齢:非公開 / 誕生日:非公開
好きな作家:菊村到、開高健
好きな作品:『輝ける闇』など「闇三部作」
募集中の仲間:募集していません
元大手商社員。1981年小説新潮新人賞を受賞してデビュー。小説作品多数。『忘れられたオフィス』(講談社)、『黒い蜜』(祥伝社)、『歪んだ鉄骨』(角川書店)、『匿名交渉人』(祥伝社)、『錆びたステンレス』(徳間書店)など。
 
 
 
植田草介さんの作品
 
購読数 23
 分け入っても分け入っても青い山  種田山頭火の名前を知らない人でも、この句ともいえないような、それでいて妙に心に残る句については読んだことがあるだろう。そして、思わぬときに頭のなかで聞えてくるような体験さえあるかもしれない。  私が初めて、この句を目にしたのは、30代から40代になろうとしていた時期で、サラリーマンとしての哀歓を一通り経験して、何か充足しない苛立ちのようなものを感じていたときだった。そんな私にこの句は衝撃だった。   漂白の人といわれる山頭火は、家を出て、妻子を捨て、ホイトウ(乞食)と蔑まれながら、放浪し、托鉢僧姿で、門口で経を唱え、手で支えた小さな椀のなかに浄財の喜捨を仰ぐ生活に入った。そして、わずかばかりの金はたちまち酒手に化けるのだ。そして、泥のように酔って所構わず眠り込むという毎日。  山頭火は、四十五歳で放浪の旅に出たが、それは当時(大正末年)の平均寿命を考えると、現在の六十歳くらいだろうか。サラリーマンならば停年を迎える歳である。  現代人の多くは潜在的な放浪漂白の願望を持っているといわれる。私も例外ではない。長い時間をかけて、私は、山頭火の句や日記を読み返してきた。また山頭火について書かれた多くの伝記や評伝にも全部目を通したといっていい。しかし……私を満足させる「山頭火伝」はひとつもなかった。それなら、「わが山頭火伝」を書こう、と考えたのである。  残された人生で、ともすれば目的を喪失しがちな私にとって、山頭火はうらやましくも眩しい存在である。とにかく、山頭火には一筋に追い求めたものがある。それが何であるかを、私は書きたかったのだろう。  山頭火の九千とも一万ともいわれる句のなかで、私が一番好きなのは、次の一句である。    この道しかない春の雪ふる
購読数 9
分け入っても分け入っても青い山 種田山頭火の名前を知らない人でも、この句ともいえないような、それでいて妙に心に残る句については読んだことがあるだろう。そして、思わぬときに頭のなかで聞えてくるような体験さえあるかもしれない。  私が初めて、この句を目にしたのは、30代から40代になろうとしていた時期で、サラリーマンとしての哀歓を一通り経験して、何か充足しない苛立ちのようなものを感じていたときだった。そんな私にこの句は衝撃だった。   漂白の人といわれる山頭火は、家を出て、妻子を捨て、ホイトウ(乞食)と蔑まれながら、放浪し、托鉢僧姿で、門口で経を唱え、手で支えた小さな椀のなかに浄財の喜捨を仰ぐ生活に入った。そして、わずかばかりの金はたちまち酒手に化けるのだ。そして、泥のように酔って所構わず眠り込むという毎日。  山頭火は、四十五歳で放浪の旅に出たが、それは当時(大正末年)の平均寿命を考えると、現在の六十歳くらいだろうか。サラリーマンならば停年を迎える歳である。 現代人の多くは潜在的な放浪漂白の願望を持っているといわれる。私も例外ではない。長い時間をかけて、私は、山頭火の句や日記を読み返してきた。また山頭火について書かれた多くの伝記や評伝にも全部目を通したといっていい。しかし……私を満足させる「山頭火伝」はひとつもなかった。それなら、「わが山頭火伝」を書こう、と考えたのである。  残された人生で、ともすれば目的を喪失しがちな私にとって、山頭火はうらやましくも眩しい存在である。とにかく、山頭火には一筋に追い求めたものがある。それが何であるかを、私は書きたかったのだろう。  山頭火の九千とも一万ともいわれる句のなかで、私が一番好きなのは、次の一句である。   この道しかない春の雪ふる
購読数 6
分け入っても分け入っても青い山 種田山頭火の名前を知らない人でも、この句ともいえないような、それでいて妙に心に残る句については読んだことがあるだろう。そして、思わぬときに頭のなかで聞えてくるような体験さえあるかもしれない。  私が初めて、この句を目にしたのは、30代から40代になろうとしていた時期で、サラリーマンとしての哀歓を一通り経験して、何か充足しない苛立ちのようなものを感じていたときだった。そんな私にこの句は衝撃だった。   漂白の人といわれる山頭火は、家を出て、妻子を捨て、ホイトウ(乞食)と蔑まれながら、放浪し、托鉢僧姿で、門口で経を唱え、手で支えた小さな椀のなかに浄財の喜捨を仰ぐ生活に入った。そして、わずかばかりの金はたちまち酒手に化けるのだ。そして、泥のように酔って所構わず眠り込むという毎日。  山頭火は、四十五歳で放浪の旅に出たが、それは当時(大正末年)の平均寿命を考えると、現在の六十歳くらいだろうか。サラリーマンならば停年を迎える歳である。 現代人の多くは潜在的な放浪漂白の願望を持っているといわれる。私も例外ではない。長い時間をかけて、私は、山頭火の句や日記を読み返してきた。また山頭火について書かれた多くの伝記や評伝にも全部目を通したといっていい。しかし……私を満足させる「山頭火伝」はひとつもなかった。それなら、「わが山頭火伝」を書こう、と考えたのである。  残された人生で、ともすれば目的を喪失しがちな私にとって、山頭火はうらやましくも眩しい存在である。とにかく、山頭火には一筋に追い求めたものがある。それが何であるかを、私は書きたかったのだろう。  山頭火の九千とも一万ともいわれる句のなかで、私が一番好きなのは、次の一句である。   この道しかない春の雪ふる

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